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Jean-Michel MERTENS ジョンミッシェル メルタンス
           プロフィール

1948 パリ生まれ
1965 フローリスト職業適正資格取得
1973 パリ地方フローリストコンペティッション優勝
1976 フランス最高職人賞ゴールドメダル獲得
1979 インターフローラワールドカップ大会 優勝
 同   フランス政府職業功労賞受賞
1980 フランス政府農事功労賞受賞

*フランスのフローリストでジョンミッシェル・メルタンス(以下JM)の名前を知らない者はいない。父の跡を継ぎ17歳で職業適正資格を取得。
弱冠28歳で「最高職人賞」(MOF)受賞。この賞(資格)はJM自身「MOFはとても大切なものだ。ワールドカップで優勝することより大事な事なのだ。」と語る様に同国の職人に与えられる最高の称号なのだ。
そして1979年。この年はJMにとって生涯忘れられぬ年となる。
「花のオリンピック」インターフローラワールドカップ大会でフランス代表としてメルボルンに遠征したJMはみごと優勝を果たしフランス初の世界チャンピオンとなる。凱旋したJMは正に”ドゴールの時の様な”歓迎を受けた事は言うまでもない。
時にJM31歳である。その後同国の多くのフローリスト事業に深く関わり常にオピニオンリーダー的役割を果たしている。
完全主義者の一面を持ち、例えばフランスのインターフローラ関連の雑誌等に掲載される彼の作品は制作から勿論、その撮影までもが自ら行うと言った徹底ぶりで彼の店にはプロ顔負けの撮影機材が列んでいる。またオブジェの類も自ら製作するためちょっとした”鉄工所”の様な施設も完備している。
彼の名声に目を付けたパトロン(投資家)から幾つか出店の話しも持ちかけられたが
「多くの店を持つと自分の目の届かぬ事が多くなり納得のいく仕事ができない」との理由でシルビアン夫人と今もパリ郊外の店を切り盛りしている。
驕らず、騙らず。JMがフランス職人の第一人者であることは誰も異論があるまい。
店主より    ☆ ジョンミッシェルのこと ☆
                       
ジョンミッシェル(以下JM)とのつき合いはかれこれ10年になります。
僕が彼の店でお世話になっていたのですが、当時は僕が「初めての東洋人スタッフ」ということで皆さんに大変良くして頂きました。
とにかく色んな事でカルチャーショックを受けましたし、ちょっと大げさに言えば一生の記憶に残る日々でした。
よく二人で市場(ランディス)へ花の買い付けに行ったのですが、車の中で色んなことを話しました。仕事のこと、恋愛のこと、税金の話し..フランスの著名フローリストでしかも世界チャンピオン。そんなことを全然感じさせない気さくで実直な人柄に大いに感銘を受けたものです。
ある時、外国で名前を売ってるフランス人フローリストの話が出て、ちょっとJMにふってみたことがあります。
−−JM、あなたは世界チャンピオンになって何か変わりましたか?
  はっきり言って商売にも活かせるじゃないの?
JM 「何にも特に変わらないね。まあ、”名前”で商売する気なら
   パリのど真ん中で店出して宣伝したりすれば別だけど。」
−−じゃあ、そうすれば?
JM 「僕はあんまり人混みが好きじゃないし、この街(JMの店があるパリ郊外)が好きなんだ。それに他の店を出すと自分の目が届かなくなるのがいやなんだ。だけど勿論、パリでもどこからでも僕の店に買いに来てくれるのなら喜んでお相手させてもらうよ。」

最後にもう一度茶目っ気を出して聞いてみた。

−−JM、あなたは何ですか(職業)?

JM 「僕はただの”花屋”です。」

フローラルアーティストだのデザイナーだのが氾濫する日本ですが世界チャンピオンがポツリと漏らしたこの一言に何故か安堵を覚えにっこり笑ってうなずいたのが今も懐かしく思い出されるのです。

   (茨木善弘 「パリの花通り」店主、(株)茨木春草園 代表取締役)